信州、安曇野の宿、穂高、くつろげる、新緑、四季折々、旅物語、ハーモニー



* 安曇野初夏の旅 *




 5月の半ば、北アルプスの山肌では名残雪が筋状の模様となり、麓では新緑の芽吹きを合図に田植えが始められています。この残雪を抱く山々と山裾に広がる緑が鮮やかなコントラストを描くこの季節、薫風の中を博さんと幹子さんがのんびり歩いています。

「風薫る五月とはよく言ったよね。安曇野を満喫するにはこの時期が最高だ。」と博さん。

「暑からず、寒からず、風は乾いていて、お花もきれいだし、さすが彫刻家の荻原碌山が世界一の風景といっただけのことはあるわね。」
「さて、きょうはのんびり工房巡りをするんだったね。」
「そうよ。安曇野には家具・陶芸・版画・ガラスとかいろいろな工房があるから見るだけでも楽しいのよ。」
「見るだけですむのか?」
「それは成り行きよ。」幹子さんは片目をつぶっていたずらっぽく笑いました。2人は工房の詳細な地図を片手にときおり道に迷いながらいろいろな工房を巡りました。

「なんか目的とは違う場所へ来ちゃったけど、ここも家具工房だし、ちょっと良さそうな雰囲気だから、見せてもらいましょうよ」幹子さんが地図に載っている番号に電話すると「今ならいいって。よかった。工房見学は作る人の邪魔にならないようにしないと。 でも道に迷うのも悪くないわね。」
2人は工房にはいり、幹子さんは博さんに「そろそろ失礼しよう」といわれるまで、かなり熱心に家具に見入っていました。

 

 一日歩いていた2人はさすがに少し疲れ、ゲストルームに帰るとベッドに大の字になりました。
「ああ、新緑が本当にきれい。今回は新婚旅行だからスイートルームにしたけど、やっぱりいいわね。卒業旅行のときに女3人で泊まったときなんか、角部屋で眺めも良くて、気兼ねなくおしゃべりできてみんな大満足だったわ。」


「さあ、明るいうちに風呂に入ってテラスでビールを飲もう。」

温泉に入った後、テラスで博さんがビールを片手に気持ちよさそうに目をつぶっていると、幹子さんが意を決したようにささやきました。
「ねえ、今回は新婚旅行で、スイートルームに特別料理を頼んで、贅沢したじゃない。贅沢ついでに結婚記念の家具をあつらえましょうよ。」

「ええーっ」博さんは思わずビールを吹き出しそうになりました。 「だって君、どこの工房もそれぞれ良かったけど、僕たちには分不相応な値段じゃないか。だいたい今のマンションだってそんなに広くはないし。」
「でもね。良い家具は一生ものよ。何度でも修理してもらえるし、椅子だって1脚ずつ増やしていけるし、何といっても使い込むほど味わいがでるじゃない。
母が言っていたんだけど、安物の家具を買い換えながら過ごしてきたけど、最初に高くて良い物を買って大切に使えば良かったって、いつも後悔してるんですって。
私達は豪華な結婚式もしてないし、その分本当に良い物を長く使いましょうよ。」

博さんはしばらく考え込むと「それもそうだね。ところでどこの工房に頼もうか?」と言いました。
「実はもう決めてあるの」
「参ったな。やっぱり見るだけじゃ済まないじゃないか。」博さんがちょっと機嫌をそこねたように言ったとき、丁度良い具合に夕食のお知らせがあり、2人はダイニングルームへと向かいました。

 翌日も好天。2人は朝食をすますとすぐに、上高地へ行くため、沢渡の駐車場へと出発しました。

「上高地は年間を通してマイカー規制になったけど僕はいいことだと思うけどな。」
「私もよ。本当は今回電車で来たかったんだけど、いろいろ荷物が多くて、帰りのお土産も大変だし。」
出発してから約1時間半、沢渡に着いた2人はバスに乗り換え、上高地に到着しました。
「どのコースを歩く?」
「今回は明神池まで行きましょうよ。お昼はそこで岩魚でも食べて・・」
 2人は、芽吹きもみずみずしい木々の間を抜け、初夏特有の淡く優しい緑に包まれながら、上高地をゆっくりとハイキングしました。

「ああ気持ちよかった。ちょっと疲れたからホテルでお茶を飲んでいきましょう。」
「ケーキもだろ。でも、豊かな自然の中でちょっと快適に過ごせる場所があるのは助かるね。」
2人はケーキとコーヒーで疲れを癒し、ノーサイドへと帰って行きました。

 

翌日も外で過ごさずにはいられない絶好のお天気です。
「5月の安曇野は本当に天気がいいわ。」
「オーナーが、雪も緑も花もみられる1年で一番華やかで美しい季節と言っていたよ。ところできょうはどうする?」
「ここから満願寺までハイキングはどう?向こうでお昼を食べましょうよ。咲き始めたつつじがきれいよ。」

「君はほんとうにピクニックランチが好きだね。もっとも今日は休んでいる店も多そうだからそうするか」
「満願寺って、とても由緒あるお寺らしくて、父が言ってたけど、俳句や短歌が趣味の人も結構訪れるって話よ。私も願いがかなったからお礼に行かなくちゃ」

 ランチを買ってから、満願寺まで歩くこと小一時間、2人は満願寺に到着。鐘を鳴らし、お参りをしておみくじを引いてから、陽射しがまぶしいつつじの広場に寝そべると、初夏の爽やかな風と穏やかな暖かさに思わずうとうとしてしまいます。やがて耳元でうなる蜂の羽音で飛び起きた2人は、満願寺を後にしました。

「ねえ、足湯で一休みしない?」幹子さんの提案に2人はノーサイドを通り過ぎて歩くこと2分、八面大王が彫られた足湯で疲れた足を休めました。


「足湯は今の時期か9月が一番気持ちいいね。」
「きょうは誰もいないけど、地元の人たちと一緒になると、いろいろ話ができて楽しいわね。ガイドブックに載っていない場所を教えてもらったりして・・」
「さて、残念ながら休暇もそろそろおしまいだ。時間も早いし、お目当ての工房で家具を決めてしまおう。ちょっと車を取ってくるから待ってて。」
「いってらっしゃーい」弾けるような笑顔で応える幹子さんの弾んだ声は、安曇野の爽やかな風に乗って、どこまでも運ばれていくようでした。

<オードブル>

魚介と山菜の苺ソース 魚介の旨味と、山菜のえぐみ、苺の酸味・甘味がハーモニーを奏でる彩り美しい一品。

新婚時代。2人にとって最も華やかな季節。





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