* 2月 信州和牛 1月同様、信州の2月は天気予報に雪だるまが現れることが多い月である。といってもそれはあくまで全国の天気予報での話で、ここ安曇野は信州の中でも降雪量が少ない。岐阜や福岡で雪だるまの日でも、安曇野は穏やかな好天であることがしばしばだ。それはなぜか。全国の天気予報では、県庁所在地の長野市の天気を報じているからで、長野市はどちらかといえば日本海側の気候にきわめて近い。 北アルプスに冷たい風が吹きつけ、長野市に雪を降らし、標高の高い大町、白馬にその名残で雪をもたらし、アルプスの麓の安曇野には最後のおこぼれ程度に雪が舞うというわけである。もちろん何年に一度という豪雪の年もあるが、他の地域のことを思えば雪かきも楽なものだ、と思わなければいけない。 2月も立春を過ぎると、M青果の店頭に芹、なずななどが並び始め、寒いながらも日差しがどことなく春めいてくる。そんな日が感じられるようになったら、いよいよ薫製作りの季節であり、2月にてがけるのは生ハムである。 私たちの生ハムは、市販のものよりかなり塩分控えめで、素材の風味を損なわないようにしている。冷蔵で店頭に並べて、賞味期限を長くしようと思うと、どうしても塩分を多くしなければならないが、冷凍保存して、オーダー毎に供せば、それほど塩分を濃くすることもない。立食パーティなどで生ハムを食べて、「生ハムってしょっぱいだけ」と思っていたが、決してそんなことはないのである。 ゲストの少ない冬は、夕食を比較的ゆっくり取れるので、ごくたまに「研究」と称して「信州和牛」を購入して食べる。M精肉店は和牛を1頭買いしていて、ヒレ肉からスネ肉まで和牛なのに、かなりリーズナブルな値段である。それぞれの部位を、様々な調理法で試してみるのだが、やはり値段と加工度は反比例させたほうが良いようだ。つまり、ヒレ肉はできるだけ手をかけず、スネ肉はじっくり時間をかけて調理する。たとえばシチューをヒレ肉や柔らかいモモ肉で作っても、スネ肉ほど深い味わいはでず、むしろ肉自体のおいしさを台無しにしてしまい、お肉がかわいそうである。 ゲストの要望により、特別料理で信州和牛を使うときなど、価格の立派さもさることながら、鮮やかな赤色の肉に、良質の脂が、細く編み目のようにほどよく入った堂々たる塊を前にすると、塊の中から「しっかりやれ!」という声が聞こえてくるようで、気合い負けしそうになることすらある。赤身のほのかな甘みと、独特の旨みを持ちながら、決してしつこくない脂が独特の風味を醸し出し、思い出すだけで思わず生唾が出てきてしまう。
こういう肉は、本来の味の邪魔をしないよう、できるだけシンプルに、かつ信州の風土に合った味にしなければならない。味の主張が強い分、組み合わせる素材の風味を圧倒してしまうこともあるので、案外バリエーションに乏しくなるのが、欠点といえば欠点といえる。その点、鶏や豚は野菜との組み合わせによっては、素晴らしいハーモニーを味わえることがある。 昨今牛肉に関しては社会問題にもなっているが、BSEは、そもそも草食動物である牛に、肉の成分が入った飼料を与える不自然さが招いた結果である、という説が一部にあり、何となく納得する理屈ではある。ちなみに信州和牛の餌は、リンゴに「おから」だそうであり、通称「アップルビーフ」と呼ばれている。(「トーフビーフ」より響きが良いからだろうか?)そして国内産の牛肉は、すべて「和牛」と呼ばれる訳ではなく、「和牛」は特別な要件を満たした肉牛のみに使用が許可される、ブランド的呼称であり、それ以外の国内産牛肉は「国産牛」の表示となる。和牛はさらにA1からA5までの5段階に等級分けされ、M精肉店の和牛はA4かA5だそうである。(もちろんA5が一番上質である)といった話を店主から教わり「へー、やっぱりスーパーのとは味が違うもんね」と感心していたら「だって俺達自分でまずい肉食うのいやだもん」と笑っていた。 この店も家族経営だが、親、子、孫3世代どの人たちも肥満とは無縁で、皆元気である。肉を食べると太る、という迷信めいた考えを持つ人もいるようだが、野菜とバランス良く食べ、体脂肪を燃焼させる適切なエネルギーを体内に持つほうが、スマートでいられるのではないか、というのが、彼らと十数年つきあってきた私達の結論である。それにもまして、あの和牛のおいしさを知らずに生きるのは、人生の何分の一か、確実に損をしているように思えてならない。 |