信州、安曇野、穂高、ゲストハウス・ノーサイド、スローライフ、スローフード、食の歳時記 12 月


* 12月 メリークリスマス


 雲一つなく冴え渡る群青色の空の下、雪を抱いた北アルプスの山々が美しい稜線を見せ、枯色になった犀川の岸辺を、白鳥が悠々と飛翔しながら、川面に舞い降り始めたら、冬支度を急がねばならない。
 暖炉にくべる薪を割り、車のタイヤを雪用に代え、たまった落ち葉で焚き火をする。この焚き火で焼いたお芋の味は格別で、他の料理に活用するため保存しておこうと、いつも思うのだが、あまりのおいしさに、結局大半は私達のお腹におさまってしまう。

 最近は電気を使った調理器具が全盛で、私達の家にも電子レンジは、あるにはあるが、残り物を少量温めるくらいにしか使わない。なぜなら、確かに早くて便利かもしれないが、せっかくの食材がおいしくなくなってしまうからだ。私達は、直火を使ったできるだけ原始的な調理法の方がおいしいような気がする。

これからの季節はブロッコリ、小松菜など、年中出回っている野菜も柔らかくなり、甘みも増してくる。 同時に、日本海から甘エビ、鱈といった魚介類も旬を迎え、豊富になってくるので、冬野菜と共に、安曇野のサフランをふんだんに使ったブイヤベースが冬の楽しみの一つである。(写真はブロッコリ)

 サフランは、当館を10年以上手伝ってくれているスタッフが作ってきてくれる。(サフランだけでなく館内のリース・ドライフラワーなどはすべて彼女の手作りである)栽培するのは簡単で、私達の庭でもすぐに花が咲いた。
 しかし、「おしべ」を採って乾燥させるのに、大変な手間がかかり、サフランがなぜ高価なのか、改めて実感したのであった。

 12月はクリスマスシーズンなので、ブッシュ・ド・ノエルや栗のケーキなどいろいろなケーキを作る。それらを赤々と燃える暖炉の前で、植物の蔓で作った(もちろん前述のスタッフ作)見事なツリーを眺めながら、コーヒーとともにのんびりと賞味するのは冬ならではのくつろぎである。

 ちなみに、私達は深入りのフレンチタイプのコーヒーを使っており、コーヒー好きのゲストに大変喜ばれている。もちろんコーヒーの美味しさは澄んだ水のおかげでもある。
 よく「お部屋の水は飲めますか?」というご質問を受けるが、お部屋も厨房も、温泉を除き、館内は全て同じ水なので、安心して飲んでいただければと思う。

 さて、クリスマスが近づくと、悲しい思い出に胸の奥がチクリと痛む。 こちらへ来て最初の年のクリスマスに樅の木を買った。初めて本物の樅の木でツリーを飾り、家の中で楽しんだ後、庭に植え替えた。
 年に一度きりのお化粧にも文句を言わず、木はすくすくと育ち、数年が過ぎたある梅雨の日のこと。どこからか「おから」をボウル一杯もらった。煮て食べるにしてもあまりにも量が多く、おからは傷みやすい。まして梅雨どきである。そのときふと樅の木が目に入った。「そうだ、今までろくに肥料をあげたこともなかったから、樅の木の肥料にしよう」そして大量のおからが樅の木の根元に撒かれた。

 しばらくは何事もなく過ぎたが、その年の夏は格別に暑かった。その暑さがピークに達する頃から、樅の木は急に元気を失い、葉っぱがしおれ始めた。水不足かと思って、こまめに水をやってみたが効き目はなく、どうも様子がおかしい。そのうち枝から、枯れてもいないのに葉っぱがぽろぽろと落ち始めた。

 樅の木はとても丈夫なはずなのに、どうしてなのかよくわからなかったが、原因は大量のおからを一気に撒いたことしか考えられない。いわゆる「肥料枯れ」のお手本で、肥料だからといって撒けば良いというわけではなく、まさに「枯らしの名人芸」を極めてしまったのであった。
 何年かすればまた芽がでてくるかと思ったが、結局、樅の木は還らぬ木になってしまい、以来クリスマスのたびに、かわいそうな樅の木に心の中で手を合わせる私達(私?)であった。

 この地に暮らして10数年、断片的ではあるが、農業について、そのサイクルや考え方、消費者との意識のギャップなど、様々な面を眺め、考えさせられた。
 食材ということに関しては、飲食・宿泊施設それぞれにより、考え方は異なるだろう。例えば鮮度と品質を自分で管理するため、全ての農産物を自家栽培で賄おうとすると、専属の農家が必要だし、その場合は多品種少量生産になる。そうした農産物は、きゅうり農家やレタス農家など専門農家と味に違いがでるような気がする。
 一概には言えないが、ある程度の規模の分量を栽培した方が、味が良くなる場合もあるし、日照・土壌などの条件で収穫時期も変わり、自家栽培の場合、ゲストの都合に必ずしも合わないこともある。

 だから、私達は自家栽培にこだわらず、「餅は餅屋」の考え方で食材を調達することにしている。その「餅屋」の中にKという、ハム・ベーコン屋がある。
 ここのハムやベーコンは国産豚を使い、塩分控えめでくせがなく、大変風味がよい。ベーコンなどを切っていると、いつもつまみ食いの誘惑に負けてしまう。一度工場を訪ねたことがあり、近代的な工場を予想していたら、山の中の一軒家という感じで、本当に小さな工場であったが、洗い立ての器具がきちんと整備され、安心できるお店とは本来こういう所である、ということを思い出した。

 信州・安曇野の12ヶ月も最終月になってしまったが、このページを読んでくれた方々と、食を担う人々が、お互い少しでも理解を深め合い、真の「豊かな暮らし」を考える機会をご提供できたら、嬉しい限りである。
 最後に、小説「安曇野」の中で、信州の移りゆく季節を、杏の木で表した一節をご紹介し、締めくくりとしたい。

「こぼれるばかりの花々、たちまち若葉に変じ、葉隠れの実が黄色くなり、やがて裸木を寒空にさらすまで」(臼井吉見著 「安曇野」より)





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