信州、安曇野、穂高、ゲストハウス・ノーサイド、スローライフ、スローフード、食の歳時記 11 月


* 11月 タライで泳ぐディナー


 林の中に佇んでいると、カサリ、と微かな音がするので振り返ってみる。すると、枯葉が、枝や木肌に触れながら、別れを惜しむようにゆっくりゆっくり落ちていった。
散歩中にそんなことが続いたら、彩り豊かな安曇野の秋ともそろそろお別れだ。

 柔らかな陽射しは、まばらになった枝先の枯葉を金色に輝かせ、光の紋様を描きながら、穏やかに木々と戯れる。巡る季節の中で、太陽が最も自然と調和し、しっとりと落ち着いた大人の優雅さを漂わせる時だ。
 小鳥のはばたきで、はらはらとひらめく朽葉の音、足底に心地よい感触を響かせる、落葉を踏みしめる音、そして林を渡る秋風が鳴らす枯葉のざわめきなど、収穫の活気が静まり、長い冬を迎えるわずかな間、森や林は急に饒舌になる。

 この時期は唐松の紅葉が素晴らしく、西日を浴びて黄金色に輝く姿は、美しい夢そのものだ。晩秋の安曇野は、詩的、絵画的情景に満ちている。
 そして朝夕に霜が降り、ナイヤガラの粒も若草色から菜の花色変わって、甘味が濃くなると、お待ちかねの洋梨、ラ・フランスがM青果の店頭に顔を出す。(写真は安曇野のふじりんご)

 日本の果物は、本当に味が繊細で豊かなので、ケーキやタルトにする場合でも、生で使うのが一番美味しい。もちろん火を通しても良いのだが、折角の風味は半減してしまう。
 特にこの、ラ・フランスと自家製生ハムとのコンビは最高で、このためにラ・フランスを購入するといっても過言ではない。

 晩秋は動物たちが脂肪を蓄え、旨みを増す季節だが、最近四賀地区の人から合鴨購入のお話があった。
「合鴨」は家鴨と鴨の交配で、雛の時期に草を食べることから、田植えのすんだ田に放ち、雑草を食べさせることにより、除草剤を使わない無農薬米を作ることができる。
 しかし、成鳥になると稲穂を食べてしまうので、その頃は引き上げるのだが、その後の処分に困っているという。 合鴨米についてはhttp://www.shinshu-liveon.jp/www/topics/node_138704でご覧いただきたい。

 合鴨は飛べないので、野に放っても犬や狐に食い荒らされてしまうらしく、毎日田圃を泳いで健康的に過ごしているし、せっかくお米を作るのに協力してくれたのだから、最期まで面倒をみてあげたいとのことだった。
 「可愛いからタライに水を張って飼ってもらってもいいんだけど」と役場の人はいうが、玄関脇のタライで今夜のディナーがスイスイ泳いでいるのを、ゲストが喜んでくれるか少々不安であり、心優しい人は、食事の前に胸がいっぱいになってしまうかもしれないので、その申し出は遠慮しておいた。

 鴨肉は独特の香りを持ち、好き、嫌いはあると思うが、池田町の農業グループで生産しているハーブや、いろいろな野菜と組み合わせると、香りも抑えられ、野菜の風味も引き立ち、特にワイン好きのゲストが喜んでくれた。

 これからは鹿などの野禽類(ジビエ)にも少しずつ挑戦し、食べやすい形で提供できるよう工夫を重ね、狩猟の文化を伝えるとともに、食文化のバリエーションを広げていければと思う。
 鴨や野禽と聞くとそれだけで顔をしかめる人も多いのだが、野の草や木の実を食べた鳥獣は飼育された食肉より、むしろ安全で栄養価も高く、味わい深いので、きちんと調理すれば、大変美味しく、貴重な食材といえる。

信州は食材の宝庫であり、生産者が小規模ながらいろいろな取り組みをしている。それらを探しだし、上手にコーディネートしてゲストに楽しんでもらうのが、地方の飲食・宿泊業の大切な役割である。

 現代では様々な種類の飲食店があるが、食に関して最高の贅沢は「家庭料理」だと私達は考える。なぜなら、年によって微妙に変わる旬を逃さず、その日の気候、食べる人の体調やその他の事情に応じた料理が食べられるからだ。(「今日は寒くて風邪引いたからお粥にして」とか)料理には「誠意と親切」が欠かせない、といった人があるが、その究極の形が家庭料理だ。

 その数だけスタイルがあるほど、料理人の考え方はさまざまで、食材と対峙し、食通を唸らせることをやりがいと思う人もいれば、代々受け継がれる味を守らなければならない人もいる。しかし、どんなにすごいテクニックや知識の下に作られた料理でも「誠意と親切」が欠けていれば、料理人の傲慢を象徴する、冷たい料理になってしまうと思う。

 だから私達は、常に家庭料理の温かさを忘れず、「女と自然には逆らうな」というM氏の忠告の下、自然の恵みである食材にひれ伏し、その声を聞いて対話を重ねながら、テーブルに安曇野の自然が見えるように調理することを心掛けている。そして、ゲストの皆様が食事を楽しみ、幸せな気分を味わって下されば、望外の喜びとなるのである。

さて、11月も半ばを過ぎると、M青果に、全国各地へ発送予定の「ふじりんご」の箱が山のように積まれはじめ、千変万化していたりんごの品種も、いよいよ「ふじ」で打ち止めとなる。蜜の入った甘味と程良い酸味のバランスは素晴らしく、シャキシャキというしっかりした歯ごたえとみずみずしさは、さすがにりんごの王様と呼ばれるだけのことはある。日持ちの良さも「ふじ」がご贈答に好まれる一因だろう。
 口いっぱいに広がるりんごのおいしさをかみしめているうちに、いつの間にか木枯らしが樹々を鳴らし、風花を舞わせながら秋を運び去り、冬が空から駆け下りる。





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