信州、安曇野、穂高、ゲストハウス・ノーサイド、スローライフ、スローフード、食の歳時記 1 月


* 1月 冬野菜


 年末年始を当館で過ごされたゲストをお見送りしてから、お雑煮をいただいてお正月を終えると、私達はのんびりした季節を迎える。
 積雪が少なくスキー場のない安曇野の冬は本当に静かだ。しかも四季の中で山々が最も美しい。雲ひとつない群青色の空に、冠雪した北アルプスの純白な稜線が、冴え冴えと連なる様は、何者も寄せ付けないよう気高く凛としている。冬こそ全く飾りのない山、本来の美しい姿を見ることができる季節だ。

また、気温が零下10℃にもなる快晴の早朝には、空気中の水分が凍ってきらきらとまぶしく輝く「ダイヤモンドダスト」を窓の外にみることもできるし、そんな寒い朝でも早起きを厭わない人なら、山葵田近くの万水川の岸辺で、冬の木々の枝に咲く霧氷を楽しむこともできる。

この「氷の花」鑑賞には、かなりの寒さを覚悟しなければならないにもかかわらず、岸辺には完全防備のカメラマンが鈴なりだ。
(写真は霧氷)

 さらに、最近知られるようになってきた「スノーシュー」も冬ならではの楽しみである。スノーシューとは、いわゆる「カンジキ」を材質・デザインとも、よりスマートな形にした器具をスキーの代わりに履いて、雪上をハイキングするスポーツだ。
夏は鬱蒼とした草木で被われる場所や、とても登れないような急坂を、リスやウサギのように(あれほど身軽にはいかないが)通り抜け、絶景のポジションで昼食をとる。

 誰も通っていないきらきら輝く雪面をザクザクと踏みしめた自分の足跡をたどり、動物の足跡ウォッチングをしながら汗だくになって帰ってくると、体がすっかりきれいになったような気がする。
スキーウエアや登山用のシューズ(スノーシュー用に防水してあれば尚良い)そして、汗で濡れても冷たくならない材質の下着があれば、スキーと違って誰でも簡単に楽しめるのが魅力だ。

 そしてこれからは料理の試作ができる貴重な季節でもある。旬の時期に収穫し、保存しておいた杏やりんご、木イチゴや夏ハゼなど、後々詳しくご紹介する旬の食材を組み合わせながら、いろいろな料理を作っては試食する。たまに失敗作もあるが、食いしん坊の私達にとっては楽しい日々であり、この時期に訪れるゲストの方は、一年間の様々な旬を味わえることになる。
決して他の季節に手を抜いているわけではないが、この時期は特にお料理に力を入れている。なぜなら、外が寒いときは食べる楽しみが大きな割合を占めるからだ。もちろん保存食だけでなく、甘みや滋養たっぷりの冬大根、白菜、小松菜、ほうれん草、白ネギなどの冬野菜が主役であることはいうまでもない。

 ここでこれからノーサイドの料理を支える大黒柱、青果業のM夫妻をご紹介することにしよう。M青果は都会の八百屋のように店先に野菜を並べておくのではなく、ガレージに卸売市場から買い付けたキャベツや白菜の詰まった段ボールが所狭しと積み上げられ、その中を縫うようにして野菜を選び、好きなだけ購入するお店である。配達もしてくれるが、鮮度の良いものを手に入れるには、やはり出向くに限る。そのうえM氏から野菜の選び方や、その他いろいろなことを教えてもらえるおまけもついてくるので、結局一年中通い続けることになる。

 M氏はこの道40年以上のベテランであり、野菜のことにかけては並々ならぬプライドを持っていて、自分の畑で野菜も作っているので、その目利きには全幅の信頼を置いている。そのM氏に「これはうまいー」と言われると誘惑に耐えきれず、少々割高でもつい買い求めてしまう。そしてその野菜は一度としてまずかったことはなく、まさしく「うまいー」と感動する味である。M氏は本当に野菜が大好きで、単なるセールス・トークではなく、心の底からいっているのだ。たまに農産物直売所などでお試し買いをするが、いつもM氏の実力に脱帽する結果となる。

余談ではあるがM氏はお酒もたばこもたしまない。彼の趣味は民謡と錦鯉の養育であり、それを知ったときは、得てしてお酒・たばこに無縁な人の趣味ほどスケールが大きいと、感心したものである。だから、M氏の機嫌の良いときは店の前から朗々たる声が流れてくるし、池の錦鯉は、いつも極上の西瓜や白菜をエサにもらって元気一杯である。ちなみにM氏は先般災害のあった山古志村に、年数回錦鯉の買い付けに行っているらしい。彼いわく「あそこはおおかた鯉で食べてるような地域だから、大変だ」と心配していた。

 奥さんも気のいいご婦人で、たまたま良いものがあって、つい買いすぎてお金が足りなくなっても、「次で良い」といってくれるし、財布を家に忘れてきたときなど、「後の買い物に困るだろうから」といってお金まで貸してくれたこともあった。だから、たまに「注文でこんなもの買ったけれどキャンセルになってしまった」とか「市場の仕入れでは一箱単位なのに、少ししか買ってもらえなくて、こんなに余っては赤字だ」と落ち込んでいるときは、できるだけその品物を買うようにしている。こういうときは、料亭で使うような極上の品を格安にしてくれることが多いので、とても助かる。おまけに、「もうこんなのおぞいから(「おぞい」とは傷んでいるというニュアンスの方言)持っていって」とコンビニあたりでは、堂々と売っているセロリなどがお土産に付く。出汁や香菜として使うには、むしろ水分が抜け気味の方が都合の良いこともあって、嬉しい限りである。

 冬場のM青果の店頭は、やはり冬野菜が占めるのだが、ここの大根は味のバランスが良い。ご近所の農家からお裾分けでいただく大根は、煮て食べるには最高だが、サラダや生食には堅くて苦く、やや不向きな場合が多い。そこへいくとM青果の大根は煮ても、サラダでもおいしく食べられるので、1本でいろいろ楽しめ、おでんを作るときなどは、鍋の3分の1を大根が占める。ゲストのテーブルに載せられないのが残念だが、我が家のおでんは絶品である。(と、自分たちで勝手に思っている)それにはある秘訣を会得したからで、これはその他の料理にも応用できる。もしご興味があれば、ご来館の際にお尋ねいただければと思う。

 次に特筆すべきは白ネギである。M婦人が「これはあそこのおばちゃんのネギだからうまい」とか「きょうはうちの畑のを抜いてきたやつだ」とかいいながら、藁で束ねた泥付きネギを下げてくる。M青果では近隣農家の野菜も売っているが、それは市場のものより美味しいからで、近所づきあいだからといった妥協は一切ないし、青果のプロが作る野菜はさすがにレベルが高い。冬に知り合いが来たとき、そのネギの甘く柔らかなおいしさに感動してくれたは良かったが、以来、冬にその家を訪問するときは泥付きネギを2,3本新聞紙に包んで持っていかなければならない羽目になってしまった。


 白菜、キャベツなど冬に甘みの増す野菜達は、煮込んだり蒸したりしても形が崩れず、旨みもしっかり残っているし、長さ10〜15cmほどしかない不揃いのほうれん草などは決して見逃してはならない。甘く柔らかく、厳冬期の畑に張り付くように生えていたそのままの形は、滋養をたっぷり含んでいるにちがいない。
そして、この煮込み料理に大活躍するのが、ダッチオーブンである。ダッチオーブンとは、簡単にいえば分厚い鉄鍋で、もはや厨房になくてはならない有能なアシスタントの地位を獲得した。あらゆる料理や下ごしらえに、その力量をいかんなく発揮し、料理の中に鉄分をたっぷり混ぜてくれる。余談だが私たちの血中鉄分の値は多すぎるくらいらしい、 いいことずくめの鍋なのだが、蓋を合わせると4kgという重さがあり、こればかりは「ダイエットして」とお願いするわけにもいかないのが唯一の欠点である。





**トップ**